取組概要
慶應義塾大学医学部生理学教室の柚﨑通介教授、同大学大学院医学研究科博士課程4年の野澤和弥らのグループは、高分解能の顕微鏡技術であるExpansion Microscopy(ExM)を改良して、脳内のシナプスの個性を決める働きを持つ分子群のナノレベル(1ミリメートルの100万分の1が1ナノメートル:nm)の構造を明らかにしました。
脳の働きの元となる神経回路網は、神経細胞どうしがシナプスによって互いにつながって作られます。シナプスをつなぐさまざまな分子は、シナプスの中でも約100~1000nmの狭い領域に密集しているため、従来の光学顕微鏡の分解能(約200nm)ではその詳細な分布は観察できません。そこで、今回、標本そのものを約1000倍の体積に膨張させる技術ExMをさらに改良し、シナプス観察に最適化することによって、マウス神経回路網において興奮性シナプスをつなぐ分子群の構造や相互関係をナノレベルで初めて明らかにすることに成功しました。とりわけ、ニューレキシンに結合するシナプス分子群(ニューレキシンリガンド)が、シナプス内でそれぞれ数十nmの「ナノドメイン」を単位として集積することを発見しました。さらに、シナプス前部に存在するニューレキシンの種類によって、シナプス後部のシナプス分子やグルタミン酸受容体のナノドメインの配置が決定されることがわかりました。
成果
今回の研究成果から、脳の働きを支えるシナプスの個性は、それぞれに特化したシナプス分子がナノレベルで相互作用することによって作られることがわかりました。これらの分子群は多くの精神疾患や神経発達症との関連が報告されていることから、本研究の成果はこれらの疾患の病態や正常な神経回路の発達機構の理解につながることが期待されます。
本研究の成果は、2022年8月24日午前11時(米国東部時間)に米国科学雑誌 Neuron にオンライン速報版で公開されました。