2020.01.15.
除虫菊の天然殺虫成分,完全化学合成に成功 ~田辺陽・理工学部教授らのグループ

天然殺虫剤の実用的な人工生産への期待

関西学院大学理工学部化学科の田辺陽教授、松尾憲忠博士、川元百世(大学院修士課程2年)らの研究グループは、日本が世界をリードするピレスロイド系殺虫剤のルーツである「天然ピレトリン」計6種の完全な化学合成に成功しました。

除虫菊の成分である「天然ピレトリン」を人工改変した「合成ピレスロイド」は現在、30以上の商品が市販され、そのバリエーションは、あらゆる医農薬品の中で比類なき例と言えます。「蚊取り線香」から「虫コナーズ」(大日本除虫菊)まで、ピレスロイド系殺虫剤はその高い安全性のため、世界中の農業生産、アメニティライフに貢献し、さらに「オリセットネット」(住友化学)においてはマラリア駆除にも多大な役割を果たしてきました。

しかし、全く意外にも「天然ピレトリン」の正確な化学的性質や殺虫活性は、そのルーツであるにもかかわらず、計6種類の構造が非常に類似しているため、これまで確定できないままでした。ところが一方、「天然ピレトリン」は折からの天然品仕様への回帰トレンドから、実用的にも、乾燥除虫菊ベースで年間1万トンも世界中で栽培され、その利用価値は非常に高いものです。今回の研究では、全6種類の物性が確定でき、そのうち4種に高い殺虫活性があることが、初めて明らかとなりました。

日本が先導するピレスロイド化学の長年の懸案課題(ミッシング・リンク)に、貴重で有意義な解答を提出できたといえます。

この研究成果は、アメリカ化学会のジャーナル「The Journal of Organic Chemistry(ザ・ジャーナル・オブ・オーガニック・ケミストリー)」のEarly Viewに、2020年1 月 11日(土)付で掲載されました(下記の<論文タイトル>参照)。

https://pubs.acs.org/doi/abs/10.1021/acs.joc.9b02767

ポイント

(1)最新のしかも実用可能な有機化学の合成技術が駆使されています。

(2)除虫菊成分として実用化されているにも関わらず、これまで含有量さえ不明であった「天然ピレトリン」成分の精密な化学的性質を確定できました。

(3)世界中の蚊、さらにはハエ、ゴキブリ、ヒアリなどの問題害虫の駆除に、イメージの良い天然品が使用できます。

(4)天候に支配されやすい除虫菊の栽培からの脱却、すなわち、化学合成による安定した供給の確保としての貢献ができると期待されます。

(5)マラリア・デング熱などの世界の脅威から、安全な天然ピレスロイド殺虫剤の使用が今後ますます期待されます。

論文タイトル

除虫菊

除虫菊

 Momoyo Kawamoto, Mizuki Moriyama, Yuichiro Ashida, Noritada Matsuo, Yoo Tanabe

“Total Syntheses of All Six Chiral Natural Pyrethrins: Accurate Determination of the Physical Properties, Their Insecticidal Activities, and Evaluation of Synthetic Methods,” J. Org. Chem. in press.

川元百世、森山瑞希、蘆田雄一郎、松尾憲忠、田辺陽

「天然ピレトリン6種の完全化学合成:物性の精密決定,殺虫活性,合成法評価」

研究の背景と経緯 研究成果 今後の期待

オリセットネット(住友化学)

オリセットネット(住友化学)

【研究の背景と経緯】

ピレスロイド系殺虫剤の開発は、医薬のスタチンと並び、日本の五指に入る日本の誇るべき化学技術です。「蚊取り線香」から「虫コナーズ」、そして、マラリア撲滅の「オリセットネット」の普及により、顕著な社会貢献をもたらしてきました。この礎は、故松井正直・東京大学名誉教授,故森謙治・東京大学名誉教授(ともに日本学士院会員)の研究・業績にあり、特に松井教授は戦後、住友化学に在籍し、ピレスロイド産業の礎を築いたともいえます。

松井研究室出身の田辺教授は、約40年前に住友化学に入社時、社長の「この会社は欧米追随型ではあるが、唯一世界に伍して誇るべきは、ピレスロイド化学」との言葉に強い感動を覚えたといいます。その後、関西学院大学に移籍し、ピレスロイド化学に想いを馳せながら(論文が5編以上)、松井研の先輩で、ピレスロイド化学の第一人者であるある元住友化学の松尾憲忠博士(関西学院大学理工学部研究員兼務)と懇談する中で、この研究に取り組むことになりました。

【研究成果】

「天然ピレトリン」の正確な化学的性質や殺虫活性を初めて確定しました。合成法や構造決定も、「天然ピレトリン」は、安価な人工ピレスロイドよりかなり困難であるため、ミッシング・リンクであったと考えられます。一方で、ピレスロイド系殺虫剤は,人工ピレスロイドとして30以上の商品として出回ったため、見過ごされてきました。実際に、構造やその人工化学合成法も簡便となったことが主な要因です。

今回、全6種類の物性が確定でき、そのうち4種に高い殺虫活性があることが判明しました。加えて、この論文では、包括的な天然ピレトリンの既存化学合成法の評価も行っています。

【今後の期待】

環境調和型の天然殺虫剤の化学生産が可能になれば、天候に左右される除虫菊の栽培をカバーするだけでなく、六つの成分のブレンドも自在にできることになります。これが、品質管理上重要となります。

今回の研究成果は特許化しておらず、世界中の化学者が自由に利用できます。関西学院のスクールモットーである“Masterey for Service”(奉仕のための練達)、言い換えれば、さらなる社会貢献に結びつくことが期待されます.

◆問い合わせ先

■関西学院広報室 TEL: 0798-54-6017

■関西学院大学 理工学部化学科 田辺 陽 教授

田辺研究室 ホームページ

http://sci-tech.ksc.kwansei.ac.jp/~tanabe/index.html