江戸の庶民は何を食べていた?

江戸時代の歯石DNAから当時の食物を復元

発表のポイント

  • どのような成果を出したのか

    歯石(歯垢が石灰化したもの)には口内細菌だけでなく、食べかすなども含まれます。江戸時代の古人骨に付着する歯石からDNAを抽出・解析することで、当時の食物や生活習慣を個人レベルで明らかにしました。

  • 新規性(何が新しいのか)

    歯石にDNAメタバーコーディング法(注1)を初めて適用し、江戸時代の食性・文化を歯石から直接的に復元できることを示しました。

  • 社会的意義/将来の展望

    この手法を先史時代など様々な遺跡の資料に適用することで、過去の食性・文化の新たな側面を明らかにできると期待されます。

琉球大学の澤藤りかい 研究員、新潟医療福祉大学の佐宗亜衣子 助教、理化学研究所の須田亙 副チームリーダー、早稲田大学理工学術院の服部正平教授東京大学の植田信太郎 名誉教授らの研究チームによる研究成果が、国際的な学術雑誌「PLOS ONE」誌に2020年3月5日午前4時(日本時間)に掲載されました。

研究の背景

過去のヒトの食物を知る分析手法として、様々な手法が現在までに開発されています。例えば、遺跡から出土した骨・炭化種子などの形態分析、炭素・窒素安定同位体分析(注2)、土器残存脂質分析(注3)、プラントオパール(注4)・花粉・デンプン粒など微化石の形態分析などです。これらの手法にはそれぞれ利点がありますが、多くの手法で容易に克服できない問題となっているのは、食べられていた動物・植物の属・種レベルの同定が困難であるということです。動物では骨などの硬組織が遺跡からよく発掘されますが、葉・茎・根などの柔組織のみからなる植物は、土壌中で分解されやすいため、形を保ったまま発見されることは滅多にありません(注5)。このように、過去の食物の実態を品目レベルで復元するためには、新たな手法の開発・応用が必要でした。

研究アイデア

琉球大学医学部の澤藤研究員らの研究チームは、この難点を克服する手法として、古人骨に付着する歯石のDNA分析に着目しました。歯石とは歯垢が石灰化したもの(図1)で、歯石に含まれるDNAを分析すると、約99%は口内バクテリアです。ただし、食べかすなどに由来する動物・植物・菌類のDNAもわずかに含まれていることが分かっていました(Warinner et al. 2014)。今回、研究チームはこの植物DNAに着目し、DNAメタバーコーディング法などを用いて、効率的に食物を復元することを考案しました。

図1 歯石の写真

研究内容

研究チームは、江戸時代後期、深川(現在の東京)から発掘されたヒト(町人)13個体の古人骨に付着する歯石からDNAを抽出・配列解読し、当時の食物を復元しました。まずPCR法により、当時の主食であったコメのDNAが歯石中に含まれるか調べた結果、半数以上(13人中8人)の個体からコメのDNAを得ることに成功しました。また、それ以外の食物が歯石に含まれているか、DNAメタバーコーディング法(注1)を適用しました。その結果、植物に関して、シソ属やネギ属、ダイコン属など、合計で7科・10属を同定しました。この結果を当時の文献と照らし合わせたところ、全て江戸時代に食用とされていたもの、あるいは利用されていた種を含んだ分類群であると確認できました(表1・表2)。動物に関してもDNAメタバーコーディング法を適用しましたが、歯石にはヒト由来のDNAが多く含まれており、優先的に検出されてしまうので、ヒト以外の動物のDNAをこの手法で検出することはできませんでした。

表1 科レベルまで同定された植物

表2 属レベルまで同定された植物

食物だけでなく、タバコ属の植物DNAなど、当時の生活習慣に由来すると考えられる植物のDNAも検出されました。なかでも特に興味深いものは、フタバガキ科の植物DNAが検出されたことです。この植物は、野生では、マレーシアなどの熱帯にしか生息していません。当時の文献を紐解いてみると、「龍脳」というフタバガキ科の植物から得られる樹脂が、庶民の歯磨き粉の原料として用いられていたことが分かりました。江戸時代の浮世絵からも、歯磨きの習慣が庶民に広まっていたことが分かります(図2)。

図2 江戸時代の歯磨きの様子
歌川国貞・画, 『浮世絵にみる歯科風俗史』(医歯薬出版)より許可を得て転載

このように、本研究で使った手法を用いることで、過去の人々の食物や当時の生活文化を個人レベルで復元することが可能になります。また、フタバガキ科の植物の例のように、当時の交易の様子も明らかになると期待されます。また、手法の改良によって、歯石からヒト以外の動物DNAの解析も可能にしていきたいと考えています。

用語解説

注1 DNAメタバーコーディング法
生物種の特定のDNA領域をバーコードのように種の識別に用いることによって、資料に含まれる複数の生物種を一挙に同定する手法。

注2 炭素・窒素安定同位体分析
動物の歯や骨に含まれる炭素・窒素の安定同位体比を測定することにより、その動物が生前、主に摂取していたタンパク質源を推定する手法。

注3 土器残存脂質分析
土器に付着して現代まで残っている脂質を分離・分析し、脂質がどのような動物由来であるか推定する手法。

注4 プラントオパール
植物に由来する珪酸(けいさん)体。ガラス質なので土壌中などで残りやすく、特にイネ科植物などに多く含まれます。

注5 低湿地にある遺跡では有機物が分解されにくく、古い時代の植物の柔組織が残っていることがあります。

引用文献

Warinner, C., Rodrigues, J. o. F. M., Vyas, R., Trachsel, C., Shved, N., Grossmann, J., … Cappellini, E. (2014). Pathogens and host immunity in the ancient human oral cavity. Nature Genetics, 46(4), 336–344.

論文情報

論文タイトル:Ancient DNA analysis of food remains in human dental calculus from the Edo period, Japan
雑誌名:PLOS ONE
著者:Rikai Sawafuji*, Aiko Saso, Wataru Suda, Masahira Hattori, and Shintaroh Ueda
DOI:10.1371/journal.pone.0226654
掲載URL:https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0226654

Page Top
WASEDA University

早稲田大学オフィシャルサイト(https://www.waseda.jp/top/)は、以下のWebブラウザでご覧いただくことを推奨いたします。

推奨環境以外でのご利用や、推奨環境であっても設定によっては、ご利用できない場合や正しく表示されない場合がございます。より快適にご利用いただくため、お使いのブラウザを最新版に更新してご覧ください。

このままご覧いただく方は、「このまま進む」ボタンをクリックし、次ページに進んでください。

このまま進む

対応ブラウザについて

閉じる