2021.06.08.
宇宙で最初に生まれた星々の発見に挑戦 ~NASAのロケット使い 宇宙赤外線背景放射を観測

 関西学院大学理学部の松浦周二教授(赤外線天文学)の研究室と九州工業大学、東京都市大学、宇宙航空研究開発機構(JAXA)などでつくる国際研究グループは、米国のホワイトサンズ・ミサイル実験場(ニューメキシコ州)から2021年6月7日0時25分(米国山岳部標準時)に打ち上げられた米国航空宇宙局(NASA)のロケットで、初期の天体の解明を目指した観測実験を行いました。2009年から2013年まで計4回の打ち上げで進めたロケット観測実験CIBER(Cosmic Infrared Background ExpeRiment)の成果をふまえた実験で、プロジェクト名は「CIBER-2」。地上の望遠鏡では捉えられない遠くの星について、星々から出る赤外線を合わせた「宇宙赤外線背景放射」の観測から、宇宙で最初に生まれた星や原始ブラックホールなどの宇宙初期天体を調べようというものです。

 今回のロケットに載せたのは、CIBER実験の10倍高い感度を得るため新たに開発した反射望遠鏡。地球の大気の影響を受けない高度325㎞まで打ち上げ、落下するまでのうちの約5分間、宇宙背景放射を観測しました。CIBER-2では、CIBERではなし得なかった可視光から近赤外線にかけた多波長でのゆらぎの観測をより高い精度で行っており、今後、宇宙初期天体の痕跡を探すために、取得したデータを解析していきます。

◆NASAホームページ
https://sites.wff.nasa.gov/code810/news/story251-36.281%20CIBER%202.html  
 

【研究の背景】
 宇宙創成から現在に至る宇宙進化の歴史をひも解くためには、宇宙初期の天体を見つけ出し、それらがいつどのようにして形成され、現存する星や銀河へと進化していったかを研究することが重要です。特に、最初に生まれた星やブラックホール※注1の研究は、宇宙物理学や天文学の最重要課題の一つとなっています。これらの宇宙初期天体は紫外線で明るく輝いていたと考えられており、その光は、ビッグバンで始まった宇宙の膨張に伴う赤方偏移※注2により、現在は近赤外線として観測されると期待されています。
 以上のような研究は、遠方の天体を個別に近赤外線で観測し丹念に調べていく手法が一般的であり、多くの研究者がこれに取り組んでいますが、宇宙の最初期における天体は暗すぎて巨大な望遠鏡を用いても個別には観測が困難です。そこで私たちは、宇宙初期天体や遠方の銀河からの光が折り重なった宇宙赤外線背景放射※注3として観測するという独自手法で研究を進めてきました。
 これまでに日本や米国の人工衛星(COBE,IRTS,あかり)とCIBER実験により観測を行なってきた結果、銀河などの既知の天体による寄与をすべて考慮しても、観測された宇宙赤外線背景放射の明るさを説明するには足りないことを明らかにしました(図1)。これは私たちがまだ知らない天体が宇宙に存在することを意味しています。この未知天体の正体については、宇宙で最初に生まれた星々や原始ブラックホールなどによる宇宙初期の残光であるとの理論的解釈が発表され、研究者の間では大きな話題となりました。しかしCIBERの観測データからは、未知天体の多くは銀河ハローに隠れている古い星々のような近傍宇宙に存在する可能性が高く、宇宙初期からの寄与は多くはないことが示唆されました。
 そこで今回のCIBER-2実験では、CIBER実験の10倍以上高い感度で宇宙赤外線背景放射を観測し、わずかに含まれる宇宙初期の放射成分を検出することを目指しました。

【観測装置の開発】
 新たな目標のために私たちが開発したのは、集光力と解像度をアップさせるため、口径をCIBERの3倍に拡大した30cm反射望遠鏡と、その後段に装備したCIBERの2倍の視野を持つ4メガピクセル赤外線カメラです(図2)。観測装置はそれ自身が出す赤外線でノイズが生じないように液体窒素により-200℃まで冷却しています。望遠鏡は冷却による熱収縮でピントがずれないように全ての部品をアルミニウム合金で製作し、相似形で収縮するという工夫を施しています。
 CIBER-2では波長0.5~2μmの範囲を6つの測光フィルタで区切り、それぞれの波長で明るい星がない4つの天域を撮像しました。また同じ波長範囲での分光機能も備えており、宇宙赤外線背景放射の詳細なスペクトルを測定しました。これらの機能は、1つの望遠鏡からの光を波長ごとに分けて3つの赤外線カメラへ導入し、それぞれの検出器に2波長フィルタと分光フィルタを装着することで実現しました。
観測装置の開発は、国際共同実験グループの各国で分担して行いました。日本では基幹的な部分である望遠鏡と光学系および冷却系の開発を担当しました。日本チームの研究者だけでなく関西学院大学の大学院生や学部生が実働主力となり、NASAロケット実験の代表者が率いる米国の拠点大学(カリフォルニア工科大学、ロチェスター工科大学)やNASAの実験場へ赴いて装置を完成させるまで様々な実験を進めてきました(図3・図4)。

【期待される成果】
 CIBER-2では、CIBERより短い波長の可視光を含む広範囲の波長をカバーしています(図5)。今回初めて行う可視光での観測が加わることで、初期天体に特有な「ライマンブレーク」と呼ばれるスペクトル形状※注4から、宇宙赤外線背景放射への初期天体の寄与率を明確にすることができるようになります。

【今後の展開】
 打ち上げた観測装置は落下時にパラシュートを開き着陸します。ホワイトサンズはその名の通り広大な砂漠なので、落下衝撃は比較的小さく当たりどころが悪くなければ観測装置の破損はほとんどなく次回の実験に再利用が可能です。私たちはNASAに対してCIBER-2を合計4回繰り返し実験する提案をしたところ、その実施が認められました。今回の打ち上げによる科学成果については、データ解析を十分に行わなければ何とも言えませんが、1回が短時間の実験だけに、繰り返しによる精度の向上は必要なものです。今回、パラシュート回収した観測装置はロチェスター工科大学へ運搬し、内部の確認作業を行います。日本チームは新型コロナの影響により今回の打上げに立ち会えませんでしたが、多くを日本で製作した装置なので、私たちも遠からず現地へ赴いて確認作業や動作確認実験を実施したいと希望しています。観測装置に大きな問題がなければ、今後も年に1回のペースで実験を進めてゆく予定です。
 今回得られた観測データの解析は、国際共同チームがある程度分担しつつ同時並行して行います。現時点では初期天体の検出可能性については何も言える段階ではありませんが、ようやく私たちの目標へのスタートラインに立つことができました。今後、CIBER-2により驚くような科学成果の報告が続々と出ることを期待していただきたいと思います。
 さらにCIBER-2実験が終了した将来は、ロケット実験よりも良い環境で長時間の観測を可能にするため、惑星間空間に探査機を送り込み、宇宙赤外線背景放射を観測する惑星間宇宙望遠鏡IPST(Interplanetary Space Telescope)の計画を進めます。その第一歩として、CIBER-2で開発してきたような赤外線観測装置を、JAXA宇宙科学研究所で開発が進められているトランスフォーマー宇宙機やソーラーセイル探査機に搭載する計画を検討しています。将来の精密な宇宙赤外線背景放射観測は宇宙初期の探査に新しい扉を開くでしょう。

※本実験は以下の科研費の支援を受けて実施しました
・2015~2019年度 基盤研究(S)「宇宙赤外線背景放射のロケット観測で探る銀河ダークハロー浮遊  星と宇宙再電離」15H05744 (研究代表者 松浦周二)
・2018~2020年度 国際共同研究加速基金(国際共同研究強化(B))「観測ロケット実験CIBER-2による赤外線背景放射観測で探る隠された星形成史」18KK0089 (研究代表者 津村耕司)

《用語解説》
注1)最初の星やブラックホール(First stars and blackholes) 
宇宙初期の原始ガスが重力収縮し、最初の星が誕生したと考えられるが、当時の高温環境やガス組成が原因で現在は存在しないような巨大質量の星々であったと考えられている。巨大な星は高温になるため、ほぼ紫外線だけで光っていたとされる。また、巨大な星は極めて短い寿命のあと、重力崩壊によりブラックホールを形成し、その後周辺の物質を引き寄せてX線や紫外線で輝く現象が予想されている。
注2)宇宙の膨張による赤方偏移(Cosmological redshift) 
熱いビッグバンによる創成以来、極小サイズの宇宙は現在の巨大サイズにまで膨張してきた。初期の宇宙において発せられた光は、宇宙の膨張(時空の伸び)に伴って波長が大きく引き伸ばされ、現在は長波長の光として観測される。光の波長の伸びは、可視光の場合には赤くなることから「赤方偏移」と呼ばれ、宇宙の初期に発せられた光ほど観測される赤方偏移が大きい。
注3)近赤外線の宇宙背景放射(Near-Infrared Extragalactic Background Light) 
天空の観測データのうち、星や銀河などが写っていない天域の明るさを「宇宙背景放射」という。近赤外線の波長域では、太陽系内からの明るさ、私たちの銀河系内の明るさ、銀河系外からの明るさがその中に含まれている。
注4)ライマンブレークのスペクトル形状(Lyman-break feature) 
遠方天体の光が地球に届くまでに通過する銀河間空間に存在する中性の水素原子によって、ライマン端(Lyman limit, 912Å)より短い波長の紫外線を完全に吸収する現象。宇宙論的な赤方偏移によりライマンブレークが赤外線で観測されたならば、天体は極めて遠方にあることが明確になる。

<共同研究者>
日本チーム
関西学院大学
 松浦周二(日本チームPI)、橋本遼、児島智哉、瀧本幸司、太田諒、山田康博、檀林健太、鈴木紘子、古谷正希、木田有咲、酒井将太、虎尾祐介、河野有哉、野田千馬
九州工業大学:佐野圭
東京都市大学:津村耕司
アストロバイオロジーセンター:高橋葵
JAXA宇宙科学研究所:松本敏雄、和田武彦、白旗麻衣、新井俊明、大西陽介
ASIAA(台湾):Shiang-Yu Wang
米国チーム
ロチェスター工科大学: 
 Micheal Zemcov(ロケット実験・米国チームPI)、Chi Nguyen、Mikey Ortiz、Priyadarhini Bangale、Serena Tramm、Sonny Tofani、Grigory Heaton、Derek Wilson、Kevin Gates、Jodi-Ann Morgan、Drin Patru、James Parkus
カリフォルニア工科大学: 
 James Bock(前ロケット実験PI)、Phil Korngut、Victor Hristov、Aricia Lanz、Lunjun Liu、Peter Mason、Richard Feder、Yun-Ting Cheng
カリフォルニア大学アーバイン校:Asantha Cooray
韓国チーム
韓国天文学研究所KASI:DaeHee Lee(韓国チームPI)、Seung-Cheol Bang、Won-Kee Park