【生命科学部】クライオ電子顕微鏡により回転分子モーター蛋白質のスターター機構を解明

—ATP合成酵素の活性化機構(スターター機構)をクライオ電子顕微鏡で解明。ATP合成酵素の分子機構の設計原理の理解が前進—

横山 謙教授らのグループは、回転分子モーターであるV/A-ATPaseのスターター機構をクライオ電子顕微鏡で捉えることに成功し、ナノサイズの回転分子モーターの回転機構の全容解明へ繋がる知見が得られました。この研究成果は、2022 年12月のThe Journal of Biological Chemistry (米国生化学分子生物学会)電子版に掲載されました。

概要

私たちの体の中には、高速で回転しながら生命の燃料となる ATPを合成する分子モーター蛋白質があり、私達の日々の生活を支えています。
分子モーターである ATP合成酵素には ATP が結合する3つの触媒部位があり(図1)、すべての結合部位に ATP が結合した時に回転が連続的に起こります(定常状態)。しかし、ATPがない状態(基底状態)からどのようにATPが3つ結合する状態(定常状態)になるのかは、わかっていません。というのは、反応初期だけに現れる構造を捉えることが大変困難だからです。

今回、私達は、蛋白質などの非常に小さな分子を見ることができるクライオ電子顕微鏡を用い、回転分子モーターである V/A-ATPaseが活性化される様子をスナップショットとして見ることに成功しました。3つあるATP結合部位に順番にATPが結合し、結合したATPが軸タンパク質を 120˚回転させることで、最終的には3つのATP結合部位すべてに ATPが結合した構造になりました。また、ATPが1分子結合した状態の構造の寿命に比べ、ATPが2分子結合した構造の寿命が短いことが分かりました。このことは、2つの触媒部位の共同作業が 120˚回転に必要なことを示します。今回の成果により、回転分子モーター蛋白質の分子機構の理解が深まり、回転分子モーターの設計に役立つ情報を得ることができました。

背景

私たち生命は、ATP(アデノシン三リン酸)を加水分解することによって得られるエネルギーで生命活動を維持しています。このATPを作り出す膜タンパク質は、F型とV型(V/A-ATPase)などに分類されます。V/A-ATPaseのATPを作り出す部分は、V1とよばれ、ATPを分解する部位(触媒部位)を3つ持つ中空のA3B3構造と、中心の軸タンパク質からなり、軸が回転することで効率よく ATPを作り出します(図1)。私達は、クライオ電子顕微鏡により、V/A-ATPaseが ATPの加水分解で回転する様子を再現することに成功しました (Nature Communications, 2022). この研究成果から、3つある触媒部位で ATPの加水分解過程の1部が別々かつ同時に起こることで中心回転軸が回転し、効率よくATPの加水分解エネルギーを回転力に変換することを明らかにしました。言い換えると、3つの触媒部位にATPが結合した状態になることが回転に必要です。

しかしながら、ATPがない状態の V/A-ATPase に ATPが結合した場合、1分子のATPだけで回転が起こる必要がありますが、このような1触媒部位による回転の報告はありません。回転分子モーターの分子機構を理解し、将来人工的に回転分子モーターを設計し応用するには、初期状態の V/A-ATPaseが連続的に回転できる状態に至るスターター機構を知る必要があります。

図1. 左 V/A-ATPase の構造。3つのAB dimer からなる A3B3 の中心に DF 回転軸が刺さった構造をとる。右 V/A-ATPase の ATP駆動による回転モデル。ATP結合待ち構造の触媒部位(開)にATPが結合してATP結合後構造になり、3分子の ATPが結合した構造になってから、120˚回転が起こり、2分子のATPが結合した状態に戻る。

結果と考察

実験手法の概要を図2に示します。ATPを完全に取り除いた V/A-ATPase に対して、ATP濃度が低い状態で反応させ 60秒放置した後の溶液からクライオグリッドを作成しました。
この時、反応液にはATPの結合を遅くする硫酸イオンをわずかに加え、反応開始後すぐに ATPが V/A-ATPaseに結合しないようにしました。このグリッドからは、 ATPが1分子結合した構造が得られましたが、ATPが最初に結合する部位ではなく、閉じた部位にATPが確認されたことから、最初に ATPが結合した後、120˚回転した構造であることが示唆されました。
次に、 高ATP濃度条件で V/A-ATPase を 5秒反応させたもの、および30秒反応させた反応液からそれぞれクライオグリッドを作成しました。5秒反応させた反応液から得られた構造には、ATPが1分子結合した構造と2分子結合した構造が得られました。先程の構造と異なり、最初に ATPが結合する開いた部位にATPが確認されたことから、120˚回転する前の構造であることがわかりました。ATPが2分子結合した構造でも開いた部位に ATPが結合していたことから、120˚回転する前の構造であることがわかります。30秒反応させた反応液からは、1分子の ATPが開いた部位に結合した構造と、3つすべての部位に ATPが結合した構造が得られました。
このことから、開いた部位に1分子の ATPが結合した構造の寿命が長く、2分子結合した構造の寿命が短いことが示唆されました。

図2. 実験手順 反応条件および反応時間を変えた反応液からクライオグリッドを作成し、クライオ電子顕微鏡で撮影し、単粒子解析で構造を得た。
図3. 基底状態にある V/A-ATPase の定常状態への遷移機構 最初の ATPが結合すると、一つのATPだけで 120˚回転が起こる (V1semi1ATP)。120˚回転することで、次の ATPの結合が可能になり、ATPが結合して2分子の ATPが結合した状態になる (V2ATP)。さらに 120˚回転することで、三番目の部位に ATPが結合できるようになり、 ATPが結合することで、3分子の ATPが結合した定常状態 (V3ATP)になる。

以上の結果から以下のことが導かれます。

  1. 開いた部位に結合した ATPのみで 120˚回転するが、回転前構造の滞留時間が長い。
  2. 開いた部位に加え、閉じた部位にATPが結合した構造は、30秒後には消失していることから、この構造の滞留時間が短く、すなわち、回転前構造の滞留時間が短い。
  3. V/A-ATPase の全体構造は強固で、ATPが結合して 120˚回転が起こることで、次の部位に ATPが結合し、3分子の ATPが結合した定常状態になる。
  4. V/A-ATPase の構造変化は離散的に起こり、FoF1 で見られた遷移的な開いた構造 (PNAS Nexus, 2022)を経ずに、基底状態から定常状態へ変化する。

今後の展開

本研究により、基底状態にある回転分子モーターがATPの連続的な結合により定常状態へと移行する過程を解明することができました。
また、早い120˚回転には、開いた構造に結合した ATPと、閉じた部位に結合した ATPが加水分解する過程が必要であることが示されました。これは、以前我々が予想した3つの触媒部位のうちの2つの部位で起こる触媒過程の協同で軸の回転が起こるとした説を支持する結果になりました。このナノサイズで機能する分子機械の仕組みを理解することで、将来のナノマシーンの駆動部に応用できる人工分子モータータンパク質設計への応用が期待されます。
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