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プレスリリース 発行No.882 平成30年5月31日

白亜紀末の巨大衝突クレーターによる生物大量絶滅後、わずか数年で生命が復活した証拠を発見

 約6600 万年前の白亜紀末、恐竜を含む生物が大絶滅した天体衝突で形成されたクレーター内の堆積物を分析したところ、爆心地では衝突後2〜3年という極短期間で生物が復活し、少なくとも3万年以内には生態系が繁栄していたことを突き止めました。本研究は、生物絶滅後の海洋生態系の復活に関して重要な示唆を与えます。この成果は英科学雑誌Natureにて発表されます。

発表概要

 東邦大学理学部の山口耕生准教授、東北大学災害科学国際研究所の後藤和久准教授、海洋研究開発機構高知コア研究所の富岡尚敬主任技術研究員、千葉工業大学次世代海洋資源研究センターの佐藤峰南上席研究員は、米テキサス大学オースティン校のクリス・ロウリー研究員らと共同研究を行い、白亜紀末の巨大衝突クレーターの形成後ごく短期間で生命圏が復活した事を発見しました。
 約6600 万年前の白亜紀末、直径約10km の小天体がメキシコ・ユカタン半島の北部沖に衝突し、環境が大激変して、恐竜を含む生物(当時の約76%)が大絶滅しました。衝突時に形成された直径約200km のクレーター内部、つまり爆心地での生命圏の復活のシナリオを描くため、国際深海科学掘削計画(IODP)の第364 次研究航海による掘削が2016 年に行われ、全長800m の柱状試料が採取されました。
 白亜紀からの移行期を含む約1m 長の堆積岩に焦点をあてて、微化石・生痕化石・化学分析を組み合わせた詳細な研究を行いました。その結果、クレーター内では衝突後2〜3年以内という想定外の極短期間で生物が復活し、少なくとも3万年以内には生態系が繁栄していたことを突き止めました。
 本研究は、生物絶滅後の海洋生態系の復活に関して、重要な示唆を与えます。

発表内容

 恐竜が主役だったとも言える白亜紀(約1億4500 万年前〜6600 万年前の約7900 万年間)。その突然の終焉は、小天体の衝突によってもたらされました。約6600 万年前の白亜紀末(K-Pg 境界;※1)、直径約10km と推定される小天体が、メキシコ・ユカタン半島の北部沖に衝突しました。衝撃波・爆風・大津波・気候変動が様々な時間スケールで起き、環境が大激変して、恐竜を含む生物(当時の約76%)が大絶滅しました。その後は古第三紀となり、新たな生物相が繁栄するようになりました。果たして、天体衝突後の生命および生態系の復活は、どのようなものだったのでしょうか?
 先行研究によると、天体衝突後の生態系の復活、特に一次生産(※2)の復活は、同時期ではなく、地域によって差があったとされています。例えば、衝突地に近い場所において、一次生産が天体衝突前の白亜紀後期のレベルに復活したのは他の地域より遅く、衝突後約30 万年もかかったと考えられてきました。衝突地に近い場所ほど生態系の復活が遅かった理由として、直径約200km の巨大衝突クレーターが形成された際の熱で生じた、大規模な熱水活動(※3)による基盤岩(大陸地殻)からの重金属等の毒性元素の溶脱および海洋中への大量放出が挙げられていますが、最大の要因は天体衝突だとされてきました。そうであれば、衝突地点に近い場所ほど生態系の復活が遅れ、クレーターの内部が最も遅かったことになります。果たして、本当にそうだったのでしょうか?
 国際深海科学掘削計画(IODP;※4)の第364 次研究航海(※5)による掘削が、2016年にメキシコ・ユカタン半島の北部沖で実施され、全長800m におよぶ貴重な柱状試料が採取されました。J-DESC(※6)のサポートを受けた東邦大の山口耕生准教授、東北大の後藤和久准教授、海洋研究開発機構の富岡尚敬主任技術研究員、千葉工大の佐藤峰南上席研究員の4人の日本人研究者を含む、総勢31 名の国際共同研究チームで取り組みました。
 本研究では、天体衝突後の環境の変化を詳しく記録する、白亜紀からの移行期を含む約1m 長の堆積岩に焦点をあてました。世界の他地域でのK-Pg 境界の試料は、わずか数ミリ程度の厚さでしか、天体衝突直後の堆積物を含んでいません。また、良く混ぜられているために層状の構造が見られず、様々な情報を時系列で解析することができません。一方、本研究の試料は、下部に衝突由来の超巨大津波によってクレーター内にもたらされた層状堆積物が、上部に衝突後の濁った海水からゆっくりと沈降した堆積物を、1m 以上に渡り含んでいます。この試料を用いれば、詳細な(高い時間解像度の)分析が可能であるだけでなく、衝突後の数日〜数年の海底環境の変化を捉えている可能性があります。
 そのような貴重な試料を用いて、微化石(※7)や生痕化石(※8)の分析および元素・同位体分析を組み合わせた、詳細な研究を行いました。微化石とは、微小なプランクトンの遺骸です。生痕化石とは、這い痕のような生物の生活痕が化石となったものです。岩石に保存されている微化石を調べれば、群集組成の変化すなわち環境の変化を知ることができ、より大きな生物の活動に関する代理指標として使うことができます。両者とも小さな化石ですが、生物が存在した絶対的な証拠として使うことができます。
 その結果、天体の衝突で形成したクレーター内では、衝突後2〜3年以内という想定外とも言える極めて短期間で生物が復活、つまり生息可能な環境が復活し、少なくとも3万年以内には植物性プランクトンが作る有機物をベースにした多様な生態系が復活していたことを、突き止めました。同時代の地球上の他のどの地点よりも、クレーター内の生態系の復活が予想外にずっと早かったことになります。
 クレーター内で比較的早く生命圏が復活したことは、大きな示唆を持っています。まず、天体衝突は生物の大量絶滅を引き起こしはしたが、その復活を長期間にわたり妨げるものではなかった、と言うことが出来ます。生態系復活の速度に最も影響を与えたのは、全球規模の環境の復活ではなく、海洋循環や食物連鎖や(生態学的な)生息場所があったかといった局所的(ローカル)な要素だったかもしれません。また、天体衝突後の生態系は、衝突前と比べるとかなり違っていました。大量絶滅を生き延びたわずかな生物種は、衝突後の海洋という新しい環境により良く適応するように進化していった、と推察されます。
 本研究において、天体衝突後の生命の復活シナリオを描くことが出来ました。大量絶滅直後の生態系の復活は、そのタイミングや種の構成の両方において、予測が全く不可能な過程である、とも言えます。本研究は、地球の歴史の中で幾度も生じた生物の大量絶滅の後の海洋生態系の復活に関して、重要な示唆を持ちます。

発表雑誌

 雑誌名:Nature(オンライン版:2018 年5 月30 日)
論文題目:Rapid recovery of life at ground zero of the end Cretaceous mass extinction
  著者:Lowery, C.M.*, Bralower, T.J., Owens, J.D., Rodríguez-Tovar, F.J., Jones, H.,
     Smit, J., Whalen, M.T., Claeys, P., Farley, K., Gulick, S.P.S., Morgan, J.V.,
     Green, S., Chenot, E., Christeson, G.L., Cockell, C., Coolen, M.J.L.,
     Ferrière, L., Gebhardt, C., Goto, K., Kring, D.A., Lofi, J., Ocampo-Torres, R.,
     Perez-Cruz, L., Pickersgill, A.E., Pölchau, M., Rae, A.S.P., Rasmussen, C.,
     Rebolledo-Vieyra, M., Riller, U., Sato, H., Tikoo-Schantz, S., Tomioka, N.,
     Urrutia-Fucugauchi, J., Vellekoop, J., Wittmann, A., Xiao, L.,
     Yamaguchi, K.E., Zylberman, W.(下線部は日本人研究者)

用語解説

※1 K-Pg 境界
約6600 万年前の白亜紀—古第三紀の境界(Cretaceous-Paleogene Boundary)あるいは中生代と新生代の境界)を表す、地質年代の用語。

※2 一次生産(Primary Production)
海洋表層での光合成による有機物の生成。初期生産や基礎生産と言う場合もあります。

※3 熱水活動
海水がマグマ等の熱源(本稿では天体衝突)により熱せられて、地中で高温高圧の液体となり、周囲の岩石と化学反応や溶解反応を起こし、重金属や硫化水素を含む液体が海底に噴出されること。温度は高圧下で350℃に達する場合があります。一般的には、中央海嶺のような発散型プレート境界や、沖縄トラフのような収束型プレート境界で起きます。金属鉱床を形成する場合もあります。

※4 国際深海科学掘削計画(IODP: International Ocean Discovery Program)
平成25 年(2013 年)10 月から始動した多国間の国際協力プロジェクト。現在は、日本、アメリカ、カナダ、イギリス、ドイツ、フランス、オランダ、イタリア、オーストリア、スイス、スペイン、ポルトガル、デンマーク、スウェーデン、ノルウェー、フィンランド、アイルランド、中国、韓国、オーストラリア、ニュージーランド、インド、ブラジルの、計23 ヶ国が参加。日本が運航する地球深部探査船「ちきゅう」と、米国が運航する掘削船ジョイデス・レゾリューション号を主力掘削船として、欧州が提供する特定任務掘削船を加えた複数の掘削船を用いて深海底を掘削することにより、地球環境変動、地球内部構造、地殻内生命圏等の解明を目的とした研究を行います。

※5 第364 次研究航海(Expedition 364)
2016 年4〜5 月にかけ、国際深海科学掘削計画(IODP: ※4)の一環として「チチュルブ(またはチクシュルーブ)・クレーター掘削計画」が実施されました。掘削コアはドイツ・ブレーメン大学の海洋研究所に輸送され、同年9〜10 月にかけて、本格的な記載・分析・個別試料の分取が行われました。恐竜の絶滅は生命史の中でも大きな事件ですが、今回の航海ではその原因となった天体衝突の現場を掘削しました。天体衝突の跡は、チチュルブ(チクシュルーブ)・クレーターと呼ばれており、その大半が海底下に存在しています。クレーターを掘削して、どのようにクレーターが形成されたのか、地表がどのように破壊されたのか、どのくらいの期間で環境が回復したのかなど、この破局的な環境激変の実態を解明している最中です。航海では、衝突起源の堆積物だけではなく、基盤に達するコア試料を採取しました。この研究計画には、日本の4 名を含め、アメリカ、ヨーロッパ各国、オーストラリア、中国、メキシコ から計31 名の研究者が参加しています。

※6 J-DESC(Japan Drilling Earth Science Consortium)
日本地球掘削科学コンソーシアムのことで、地球掘削科学の推進や各組織・研究者の連携強化を目的として、国内の大学や研究機関が中心となって2003年に設立されました。現在、53 組織が加盟しており、国際深海科学掘削計画(IODP;※4)に日本人研究者が参加する際の公式窓口となっています。

※7 微化石
ミリ〜ミクロンサイズの微小な生物化石。単細胞の真核生物である有孔虫・放散虫・珪藻・円石藻等が化石化したもの。それらを含む岩石の形成年代を推定する(地質年代を決める)ための「示準化石」として、形成環境(生息環境)を推定するための「示相化石」として、用いられます。

※8 生痕化石
生物そのものの化石ではなく、生物が活動した痕跡の化石。底生生物が、海底面や湖底を這いずりまわった痕が代表的。摂食の跡や糞等も生痕化石である。

本発表資料に関するお問い合わせ先

東邦大学理学部 准教授 山口耕生
〒274-8510千葉県船橋市三山2-2-1  TEL 047-472-1210