取組概要
中京大学スポーツ科学部教授の荒牧勇と大学院スポーツ科学研究科大学院生の彦坂幹斗(日本学術振興会特別研究員)による研究チームは、片手運動で生じた疲労が、両手運動に完全には影響しないことを明らかにしました。
両手運動は、単なる左右の片手運動の和ではありません。例えば、ピアノの練習をするとき、片手ずつではうまく弾けるよう覚えたはずの動作でも、両手を合わせたとたんに弾けなくなることはイメージしやすいでしょう。これは、同じ右手の運動でも片手だけで運動する時の右手の運動制御と両手同時に運動する時の右手の運動制御では、その運動制御システムが異なることを表しています。
このシステムを詳しく調べた研究では、片手で覚えた運動は片手運動特有の運動記憶、両手で覚えた運動は両手運動特有の運動記憶、片手運動でも両手運動でも覚えることができる共通の運動記憶の3つの成分があることが報告されてきました。もし、この概念が筋力発揮でも同じことが言えた場合、その実用可能性はさらに拡大することが予想されます。例えば、片手の筋力トレーニングで追い込んだ後に、両手の筋力トレーニングに切り替えることで、更なるトレーニング効果が期待できるかもしれません。
成果
実験では、右利きの健常な成人男性を対象に、片手握力が全力の50%強度を発揮できなくなるまで維持する片手疲労課題を行い、その前後で片手の最大握力と両手同時の最大握力を計測しました。その結果、我々の予想どおり、右手疲労条件、すなわち、右手の片手握力の疲労させた場合、右手の片手握力は平均で7kg低下した一方で、右手の両手握力は平均で5kgしか低下しませんでした。一方で、左手の片手握力を疲労させた時には、このような差はみられませんでした。この結果は、片手筋力発揮で生じた疲労は、両手筋力発揮に完全には影響しない、すなわち、部分的にしか影響しないことを示しています。
本研究で得られた知見は、トレーニングやリハビリテーションなどに応用できると考えられます。例えば、右手の片手筋力発揮を事前に疲労させることで、両手筋力発揮用の力生成システムの動員を高めることができるかもしれません。これは、両手同時の筋力発揮が求められるボートのローイングやウエイトリフティング、脳卒中や脊髄損傷による麻痺手を有する患者の両手運動を促通させるような手法として活用することができるのではないでしょうか。また、本研究で観察された現象は、右利きの人の利き手の運動制御に備わった特有のシステムである可能性もあります。今後は、利き手との関係性やその詳細な神経メカニズムについて調査していきます。