取組概要
システム生物学においては細胞や生物の制御が大きな研究課題となっているが、それと従来から生体内代謝の解析に活用されてきた代謝流束均衡解析を組み合わせる新規な手法を開発する。一言でいうと「制御理論」と「生命情報学」の組み合わせにより、癌における生体内代謝の新たな解析法を開発する。
最近の研究は、多くの種類の癌が特定の代謝過程を制御していることを示している。しかし、特に癌などの疾患状態において、代謝ネットワークがどのように制御されているかを理解することは、難しい課題である。本研究では4種類の組織(乳房、腎臓、尿路上皮、肺)における正常細胞と癌細胞に対応する代謝ネットワークを再構成し、代謝フラックス変化の観点から正常細胞と癌細胞の違いを分析した。そのためにネットワーク全体を制御するのに必要な最小のノード集合、すなわち、ドライバノード集合を、確率的最小支配集合モデルを使用し、計算・比較した。制御理論と代謝フラックス相関分析との組み合わせにより、癌細胞では正常細胞と比べてより少ない個数の反応を制御することにより細胞全体を制御できる可能性があることを示した。
成果
癌細胞における代謝経路がより簡潔で効率的に動作していることを示唆する結果を得た。このことから、正常細胞と比較してより少数の反応を制御することにより、癌細胞を制御できる可能性がある。これらの知見は、代謝経路の特定の要素を標的とした癌に対する新しい治療法の研究・開発に役立つものと考えられる。この成果は2019年6月20日に 雑誌Nature Communicationsにて発表された。
癌細胞の代謝の制御や正常細胞より容易であるという仮説が得られた。さらに、制御の容易性が癌細胞の種類によっても異なるという仮説も得られた。これらの仮説に基づき、癌細胞の代謝を効率的に制御し癌細胞のみを細胞死などに至らせる方法が開発できれば、癌に対する新たな治療法を提供できるようになる可能性がある。今後、より高精度、かつ、より多くの組織についての代謝モデルが利用可能になると考えられ、本研究で開発した数理モデルをそれらに適用することにより、代謝ネットワークの制御可能性についてより精緻な結果が得られることが期待できる。
※この取組は、提言・事例集『私立大学理工系分野の研究基盤の強化と向上-科学技術イノベーションの推進に向けて-』で紹介した研究事例です。
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