取組概要
慶應義塾大学医学部薬理学教室の笹部潤平専任講師、権田裕亮共同研究員(研究当時。現在、順天堂大学医学部付属順天堂医院助手)、安井正人教授らの研究グループは、九州大学薬学研究院の浜瀬健司教授、順天堂大学小児科学講座の清水俊明教授らとの共同研究で、哺乳類は共生細菌と競合して左右のアミノ酸のバランスを保つことで体内環境を維持していることを明らかにしました。
生命が利用する分子には、利き手があります。右利き用のグローブは右手でしか使えないように、分子の利き手は機能と直結するため重要です。アミノ酸は、アミノ基(-NH2)とカルボキシル基(-COOH)を持つ化合物の総称であり、その配置により左手型(L-アミノ酸)と、その鏡像の右手型(D-アミノ酸)が存在します。しかし、生命はタンパク質の材料として左手型だけを利用することで、グローブに正確に収まる機能的なタンパク質をつくり、円滑な生命活動を行っています。このため、我々の体に存在するアミノ酸は大幅に左手型に偏っていることが知られており、左手型のアミノ酸環境を作ることは「生命の証」であると考えられてきました。
成果
一方、近年の分析技術の進歩により、ヒトを含めた哺乳類では、左手型とは異なる機能をもつ右手型のD-アミノ酸も混在することがわかり、さらにアミノ酸の左右のバランスの乱れは神経・代謝・免疫機能の異常を引き起こすことが明らかとなってきました。では、体内のアミノ酸の左右のバランスは何が原因で乱れ、どのように維持されているのでしょうか。本研究では、左右の型を分離してアミノ酸を網羅的に定量し、これまで謎に包まれてきた体内のアミノ酸の左右のバランスの乱れは、共生細菌が左手型を右手型へ変換することが主な原因であることを明らかにしました。これに対し、共生細菌がつくった右手型のアミノ酸は腎臓で選択的に分解されることで、哺乳類は体内の左手型のアミノ酸環境を維持していることがわかりました。本研究により、アミノ酸を介した哺乳類と細菌との共生関係の理解に役立つとともに、共生細菌の乱れによって発症するさまざまな免疫・代謝・神経疾患のメカニズムの理解や治療標的の開発に役立つことが期待されます。本研究成果は、2023年4月3日(米国東部時間)に米科学誌 The Proceedings of the National Academy of Sciences(PNAS)に掲載されました。